<   2008年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧

f0173150_22341088.jpg

f0173150_22351478.jpg


毎月、必ず、花会にお越しいただく方々による花です。
みんな上手いよなぁ。
僕は、「芸術は爆発だ!」と意気込んでやるんですが、「暴発」してしまいます・・・。

現在は、月に1回の開催ですが、そろそろ回数を増やしてみてもいいかもと思っている。
この花会は、妻が主催しているものなので、回数を増やすとすれば僕が主催してみたいのです。
性格の違う僕らなので、それはそれでおもしろいのでは?と思う。
男だらけの花会なんていうのも企画してみたい。
来てもらえますか?

あ、もちろん、教えるのは僕じゃなくて妻です。
ご安心を。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-29 22:42 | 花会

f0173150_1274984.jpg


明日(正確には今日)、花会を催します。
子供たちが寝た後、聴雨居に入り、その準備をしました。

妻が花材となる花を準備している間
僕は古道具に手を入れる。
気分転換にふたりで花と古道具で秋らしい風景を洋間に作ってみたりもした。
夜型の僕は、深夜のこういった作業が楽しくて仕方がないのです。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-25 01:29 | 花会
f0173150_2127119.jpg
[PR]
by chouukyo | 2008-09-23 21:27 | 日々
f0173150_09185.jpg
室町時代の水差しを長男に持たせて

「これは1000年くらい前の作られた器だから大切に使ってくれよ。」

と伝えた。

「なんで、1000年前のことが分かるん?」

「・・・・・・買ったお店の人がそう言いよった。」

「お店の人は、なんで分かるん?」

「・・・・・・・・・・・・。」

「なんで?」

「・・・・・・・・・・・今度、聞いとく。」
[PR]
by chouukyo | 2008-09-23 00:13 |
f0173150_1134347.jpg


萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)

山上憶良が詠んだこの句が、秋の七草の由来と言われているそうだ。
ここで詠まれている“尾花”が”ススキ”のこと。
春の七草は“食べて”楽しみ、秋の七草は“見て”楽しむ。

ちなみに、にわか知識です(笑)。
でも、この句は好きだなぁ。
ラップのように韻をふんでるしさ。(ラップより起源は古いけど)

PUFFYの『アジアの純真』

「北京 ベルリン ダブリン リベリア 束になって 輪になって~
イラン アフガン 聴かせて バラライカ~」

を思い出してみたりもする。(古い・・・)

なにはともあれ、花を活けて楽しい季節の到来です。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-22 01:20 |
f0173150_22115218.jpg

久々の休日。
庭の手入れをする予定だったけど、身体がけだるく
思い切って中止にした。
たっぷり昼寝をして、明日食べるための野菜スープをつくり
締め切りの迫っている文章を書きはじめようかと
パソコンに向かったところ。
あと、4000文字ほどかな。
一気に書き上げたいと思っている。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-20 22:24 | 日々
f0173150_23232737.jpg


ゆっくりと近づく台風の影響で、今年は中秋の名月(9月14日)の月は
うすらぼんやりしたものだった。
『朧月(おぼろづき)だな』と思ったんだけど、何かが引っかかった。
高校時代に、それについて何か言われた記憶がある。
そこで調べてみたところ、『朧月』は、春の季語だということ。
ぼんやり見える月のことを『朧月』と呼ぶのは間違いではないけど
由緒正しく使うならば、春のぼんやりした月に使うものらしい。
「だから何だ?」と噛み付くのは僕の悪い癖で、そう思った高校時代のことが
どこか頭の中に残っていたみたい。

ついで、中秋の名月について調べてみた。
旧暦の8月15日に見られる月のことというのは僕でも知っていた。
ところが、こんな俳句に出会ってしまう。

名月はふたつ過ぎても瀬田の月 (松尾芭蕉)

これは、「今年は中秋の名月を2回見たんだけど、瀬戸の月のなかなかどうして素晴らしいもんだ」という意味。
2回???

調べてみた。

旧暦というのは、1年が354日しかないらしい。
365日(4年に一度は366日)の新暦と比べると、11日も少ない。
3年で33日・・・つまり、約1ヶ月分足りなくなる。
そこで、3年に1度(正確には19年に7度)、『閏月(うるうづき、じゅんげつ)』というものを差し込んで
暦の調整をしていたとのこと。
芭蕉がこの句を詠んだ年は、この調整年であり、調整月が8月だったため
2回も8月15日があったというわけだ。
そこで、きっちり月見も2回行ったんだろうね。

この句を知って、もしやと思い、以前撮った写真のデータを探してみた。
ずばりでした。
東京に行く用事があり、かつ時間に余裕があれば必ず立ち寄るギャラリーが西荻窪にある。
そこで購入した古瀬戸の水差し。
取っ手部分が取れているため、室町時代の古いものだけど格安で置いてあった。
万年金欠の僕には、本に掲載されるような所謂“骨董品”と呼ばれる高価なものは買えない。
これは、こんな僕でも買えるやさしい値段がついていたから購入できた。
花器として使うことを想像しながら、わくわくして持ち帰ったのを覚えている。
なんとなく、月肌に見えませんか?
さらに古瀬戸・・・つまり、瀬戸の月というわけです。

ビンゴの気分で寝ます。
おやすみなさい。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-18 23:24 | 日々
f0173150_23122455.jpg


先日書いた某高級宿HP用の楽曲書き下ろし、苦労はしたけどやり遂げることが出来た。
宿のオーナー、HPプロデューサーそして僕の3人が納得できるものを制作することは
僕が趣味として音楽製作をしたり、「俺のお勧めはコレだー」的なラジオ番組をつくるのとは
少しばかりか、大きく違う。
例えて言うならば、素材から選んで食べたいものを食べたい分だけ料理を作ることと
素晴らしい出来上がりの料理に対して、もう一味付加すべくスパイスを作ることの違いかな。
味そのものを決定付けるために作るのではなく、もともとある味を際立たせるためのものを作るのだ。
HP内ではループ(繰り返し)させるので、30~60秒程度のものを約30パターン作った。
あとは音の粒を揃えて、納品するだけです。

ほっと一息・・・と言いたいところだけど、次は某美容室が毎月リリースしている写真集への
短編小説の締め切りが迫ってまいりましたw。
『零(ゼロ)』という雑誌で、小倉ではクエストという大手ブックセンターの女性雑誌コーナーで
購入出来ます。
なんでも“anan”の隣に置いてくれていているらしく、かなりプッシュしてくれているとのこと。
2号が現在置かれているので、お時間ある方はぜひ手にとってみてください。

それが終わったら、写真スタジオF.Uの木寺さんとの共著『Air Silky』への短編も進めないといけない。
今春にリリースする予定が、なかなか・・・。

まあ、ひとつひとつ進めていく所存でございます。アハハ。

※写真は、春に撮影したもの。【すみれ/器・中山孝志氏】
 吹きガラスの器は花器として作られたものではないけど、その重厚な透明感は
 可憐なすみれの瑞々しさを一層際だたせてくれていると思う。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-17 23:12 | 日々
「いつかは泊まってみたい」と切に願うある洗練された宿のホームページが
リニューアルされるにあたって、そこで流れる音楽の制作を依頼された。

毎晩、うなっていますw。

深海の中で鳴っているような音楽が好きな僕が作る曲は、やはりそういう傾向があって
油断すると、とてもアンダーグラウンドなものになってしまう。
かと言って、よくある「このホームページにこの音?・・・邪魔だなぁ」
と感じてしまうようなチープな音を納品するわけにもいかず。

機材を引っ張り出してみたり、ソフトシンセをダウンロードして作ってみたり・・・。

海沿いの宿に鳴っている様々なアンビエント・ノイズを変換したものを
いかに美しい楽曲に仕上げるか?
これがテーマです。

もう少し、うなってみよう。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-13 02:02 | 音楽
 
f0173150_22481346.jpg
            
                        ヨーロッパの古いアイロン台   野いばらと蛇苺(5月の庭から)


古道具と野の花は、とても相性が良い。
例えば、このアイロン台・・・平たく言えば、“不要鉄の塊”すなわち“ゴミ”だ。
ブランド名も作家の刻印も何もないただのアイロン台。
奇をてらったデザインでなく、あくまで必要かつ必然な形態をしているのに美しい。
いや、『しているのに』でなく、『しているが故に』美しいのだろう。
確か、このアイロン台は、吉井町にある【四月の魚】で購入した。
拾ったわけじゃなく、購入したのだ。
購入したと言っても、美術品ではないので、いくらもしない。l
もちろん、アイロン台として使うつもりなど毛頭なく、
花との取り合わせをイメージして手に取った。
古道具も野の花も、豪華できらびやかな美しさを誇示することはない。
控えめだけど芯のある美しさで凛とただずむ・・・そんな美しさだ。
また、他のものを寄せ付けないような圧倒的な威圧感もない。
お互いがお互いをリスペクトして、それぞれが相手をたて合う。
これは、日本という国が持つ文化そのものであるような気もする。
古道具と花が織り成す質素ながらも贅沢な世界を是非体感して欲しいと思う。
[PR]
by chouukyo | 2008-09-11 22:49 | 古道具