2009年 03月 06日 ( 1 )

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僕らが住む日本という場所特有の文化として語られる『わびさび』。
分かっているようで、分かっていない。
分かっていないようで、分かっている。
禅問答のような宇宙がそこにあるのだと思う。
万葉集の時代から、それに関する記述があるとのこと。
また、千利休によって、より前面に出てきた概念だろう。

ある本を読んでいて、目から鱗状態になった。
千利休が残したプロダクト(茶室や器など)が、現代における『わびさび』の極みであり
模範であるように捉えれており、それに関しては疑問を挟む余地もない。
また、「わびさび」をイメージするとき、僕の頭に浮かぶものは、決まって
朽ちたもの、貧相なもの、暗いもの、寂しいものなどだ。
ところが、千利休が残した「わびさび」の手本のようになっているプロダクトは
千利休が生きた時代においては、新品できれいな状態であったものも少なくない。
つまり、新しいものでも「わびさび」でありえるということだ。
むむむ!?となった。
『「わびさび」イコール古くて朽ちたもの』というわけではないのだ。
大切なのは、その精神性であり、そのものを捉える自分の“眼”であるということなのだろう。

無印良品が、このあたりのことをとても考えているらしい。
知らず知らずのうちに、僕らはその提示するものに対して「わびさび」的な側面から
支持をしているのかもしれないと思った。

もっともっと、この国の文化を知りたいと思う。
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by chouukyo | 2009-03-06 23:16 | 日々